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キャバリアの鱚’s cafe

鱚の投げ釣りのブログです。

思い出語りー多鱚会の存在(続き篇)ー 

2022.01.23 Sun 19:35
かっこいいなー!

平然と4連、5連を連発するその人を畏敬の念を持って見ていた。
その人はかなり遅い時間に自分達の左側にやって来て支度も流れるようにこなし海に背を向けるや否やブンッ!と一閃して釣り始めた。そして少しして巻き上げ始めると波間からキスがゾロゾロ。ありゃ、ハリ数何本?その頃の自分達はキス釣りと言えば年配の仲間は3本バリ、自分は5本バリ(5本でもお前そんなにハリ付けると絡むぞー!と揶揄われたりしていたのに)
その人は7本とか8本とか付けてるみたいで毎投、最低でも3連はしていたのではないだろうか?4連5連しても何事も無かったかのような素振りでどんどんとキスを釣り上げていったのでした。

自分は何となくその人の事を「多鱚会」の人か!と思わずにいられませんでした。
「浜松多鱚会」!
その頃の自分はそのクラブの人達が雑誌に書く記事や写真を見て虜になっていたので、そりゃもう羨望の眼差しで見惚れるしかありませんでした。実際のところはクラブの人なのか違うのかは知る由もありませんでしたが、もしこの人が多鱚の人で無いとするならばきっともっと凄い釣りっぷりなのだろうか?と想像すると余計に見惚れるしかありませんでした。
その頃の自分にとっての「浜松多鱚会」というのは
当時、「Fマガ」という雑誌に熊野遠征の釣行記にて見た事もない様な大鱚を載せていたり、浜名湖の1番澪の砂場で可愛い女性にちょい投げのレクチャー記事と写真を巻頭カラーでド派手に載せていたり、25センチ以上のキスを釣ったら30000円という企画にクラブ員4名で挑み紙面を賑わせたり、また「Hello Fishing」という地元地域の雑誌では毎号の様にクラブ員の釣行記が書かれていたりとそれはもう釣り雑誌には「浜松多鱚会」の名が見れない時はありませんでしたから、もう憧れ中の憧れという存在であったのです。
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(地方誌ではあるけれどこの雑誌の意義はとてつもない存在でした。創刊後の釣りの盛り上がり、人気は凄まじいものがありましたね。今となっては懐かしさしか感じ得ませんが)

あの人は多鱚会の人だったんだろうか?違ったんだろうか?それは今でも謎ですが、その日からです

自分が鱚釣りだけをターゲットにし始めたのは。
そして、何とか上達していつか「浜松多鱚会」に入りたい!そう決めたのは!

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category:日記
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